キノコの山をめぐる冒険(広州編)
― 第一回 国際咳嗽カンファランス 2013.11.7~8 に参加して ―
< Dear Dr. BJ
メールありがとうございます。あなたのお手伝いができてとても嬉しかったわ。
中国には、咳で困っている人たちがたくさんいると思ったから、
一生懸命 勉強して 通訳したのよ。
きっと、また 一緒に仕事をすることになるわ。近いうちにね。
Yours >
* 2013.11.7.広州
割り込ませてなるものか。なんとしてもここに割り込みたい。3車線もあるかと思われる広い道路で、車がひしめきあっている。両脇を自転車が恐ろしい勢いですり抜けてゆく。
クラクションが鳴り続き、黄色に薄化粧した高級車があおってきた。高層ビルが立ち並ぶ、ここは都会だ。しかし、<都会的>という感覚とは少し違う。
「小川。かわりにいって来い。国際会議の招請講演だ。タイトルは<Atopic cough and fungal allergy (アトピー咳嗽と真菌アレルギー)>だ。ちょうどいいだろう。なかなかない機会だぞ。」 「はあ、しかし、中国語は。。。」 「英語でいいんだ。むこうもへたっぴだ。」 「し、しかし、国際会議。ですよね。。」
慢性咳嗽に関する国際シンポジウムは、これまでロンドンとニューヨークで交互に開催されてきたが、国の威信にかけて、中国でも開催を という鼻息で開催されることになったのが、この「第一回国際咳嗽シンポジウム in China」らしい。プログラムには、世界中から20名以上の咳嗽のエキスパートを招集して開催と謳われていたが、確かに 金沢から世界に発信してきた、<アトピー咳嗽と真菌関連慢性咳嗽>を、国際舞台で講演できるまたとない機会だ。
* 2013.11.8. ドンファンホテル
会場は、リゾートホテルを思わせるドンファンホテル。広大な敷地の中庭に、プールに面するテラスがあった。入場にはものものしい警備体制が敷かれ、そこをきり抜けると緊張の中、オープニングセレモニーがはじまった。
Ogawa.. from Japan! いよいよだ。
みなさんこんにちは! “充満感謝的心情(じょんまん かんじぇだ しんちん!)”
<アトピー咳嗽>と、<咳喘息>は好酸球性炎症の場が異なり、カプサイシンに対する咳感受性が異なる。<気管支喘息>と<咳喘息>は、メサコリンによる中等度平滑筋収縮における咳反応性が全く異なり(大倉先生、藤村先生ら)、咳喘息は喘息の単なる軽症型ではない。
ところで、みなさん。慢性咳嗽と関係の深い環境真菌は、キノコの胞子だということ、ご存知でしたか? Bjerkandera adusta ブエルカンデラっていうのですが、これ、キノコの胞子なんですよ。そう、野山に茂っている キノコの笠の裏にくっついているやつ。今日はこれ“BJ”って呼びますね。BJは、フランスのレストラン、いえ、フランスの病院の室内環境真菌で3番目に多いことが報告されています。キノコはフレンチの人気の食材ですから!?
<のどに粘液がはりつくような感じ>は、A sensation of mucus in the throat (SMIT)といって、真菌がのどにくっついている可能性を示唆する、慢性咳嗽を診療するに当たって見落としてはいけない、重要な喉頭症状であることがわかってきました(Respirology 2013)! つまり、日常診療においてもSMITを認識すれば、抗真菌薬を用いる全くあたらしい咳嗽治療を展開できるかもしれないのです。
壇上から見わたす満員の会場、最前列には、モーリス、マックガーヴィー、スリンダー、ファンチュンらがどっかりと腰をすえ、今回の会長 Prof Nanshan Zhongの姿もみえる。
なぜ、私がこの会議に召集されたか もうおわかりですね。
Yes, because I am fun guy (Fungi)!
少し遅れて、後ろのほうがざわめいた。ようだった。
「はじめまして。あなたが同時通訳をしてくださるのですね? よろしくお願いします。」
「じゃあ、さっそく、全部とおしてみて。」
「全部やるの?」
「そう、全部よ。」
本番までのわずかな時間ではあったが、入念にリハーサルを行った。僕のあやしげな英語に彼女は 懸命においつこうとし、発音の悪いところは、眉をしかめながらも、もう一度よ と強く見つめ返 してきた。
みなさん、どうでしょう。もう、キノコのこと、金沢だけの話ではない。ですよね。
さあ、誰が最初に、この広州でBJを発見するでしょうか?! Let’s go into the forest!
かけがいのない時間は、瞬く間にすぎた。
最後に、ご指導いただきました藤村政樹先生に深謝いたします。ご清聴ありがとうございました。大きな拍手と高鳴る鼓動が重なり合った。
その晩、Welcome dinnerは、会場からはなれた、高層ビル最上階で開催された。眼下に広がる夜景のなかに、広州タワーが光を放っている。
突然のスモークと照明に目がくらんだ。おおーっというどよめきのなかに、会場の天井が、大きく左右にわかれて収納されていくと、瞬く間にオープンエアーのフロアーに様変わりし、宴は最高の盛り上がりをみせた。
「おーい、BJ! こっちだ。 集合写真だ。 早く。」
Prof Nanshan Zhongが、ひときわ大きな声で私を呼ぶと、みなが、“BJ、BJ”といって手招きした。どうやら、ぼくのニックネームは BJに決まったらしい。
今日は本当にありがとう。
会場からのすごい熱気は、きみがうまく通訳してくれたからだね。
彼女が微笑んだ。
「this way こっちよ」彼女が指さしたのは、みんなを待つバスの方向だった。
そしてそれが、彼女とかわした最後の言葉になった。
これでもかといわんばかりに、両手にお土産をもたされて、修学旅行のような、にぎやかなバスは静かにドンファンホテルへと動き出した。
翌日、すべてのプログラムが終了し、一般演題の優秀賞の授与が終わると、それに続いて、講演を行ったメンバー全員が壇上へと招かれた。安堵と充実感、そして連帯感。
この仕事をやってきてよかった。ここに来られて本当によかった。何度も喜びをかみしめ、感謝の気持ちに満ちあふれた。
* 2013.11.10.広州空港。
午前9:15 成田行きANA933便が離陸した。
キノコの山をめぐる冒険 広州編が、もうすぐ幕をとじる。初めての中国。初めての国際学会での招請講演。大きく一息ついた。そして、淡い面影が薄らいでゆくころ シートベルト着用サインが消え、ぼくは浅い眠りにおちた。