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Asian Pasific Society of Respirology (APSR in シドニー)に参加して

           

「APSR行くんだって? また招待講演??。」

「いえ。ポスターなんです。」

「なーんだ。適当に貼って、遊んでくれば~」

「い、いえ。そんなわけでは。。。」

 

Clinical experience of neuromodulatory treatment against two patients with unexplained chronic cough whose sputa yielded Bjerkandera adusta

 

シドニーへ行かなくては!

APSR参加を決めたのは、Peter Gibson教授に会いたい強い気持ちからだった。

 

2012年。Lancet誌を飾った“難治性咳嗽に対する抗てんかん薬gabapenの有効性”に続いて “難治性咳嗽に対するPregabalin(リリカ)と言語療法のコンビネーションテラピーの有効性”が報告されたが、いずれもGibson先生らの一連のresearchだ。難治性咳嗽に中枢性作動薬を用いるという内容は確かにセンセーショナルだ。しかし、私たちが世界に発信してきた真菌関連慢性咳嗽Fungus-associated chronic cough (FACC)は、一般的治療が無効であるため難治性咳嗽と認識される可能性がある。とすれば、FACCにリリカは効くか?という素朴な疑問に直面する。今回のポスター発表は2例報告ではあるが、“きのこを作る真菌(担子菌)を気道に付着させたまま中枢性作動薬を用いて大丈夫だろうか、まずは抗真菌薬で除菌すべきではないか”という問題提起を意図したものだ。

 

2013年。のどに真菌が付着すると、“のどに痰がひっかかるような喉頭異常感A sensation of mucus in the throat(SMIT)”を呈することを報告した(Respirology)。

SMIT症状をよりどころとして喀痰真菌培養から担子菌を見出すことで、まったく新しい治療体系が展開する。藤村政樹先生のアトピー咳嗽は“イガイガ感”、FACCはSMIT。臨床治験においては、それら咳関連喉頭異常感を的確に評価するために国際基準の導入が必要と考えていた。それには、Gibson先生らの“ニューキャッスル喉頭過敏症に関する質問表(NLHQ) (2014)”が有用だ。

 

hi haru, yes i am pleased to grant you permission to do the translation and use the questionnaire in your clinical work and research.
> peter

 

イガイガ、ヒリヒリ、コソコソ。のどの異常感に関する擬音語オノマトベの日本語訳は、難航したがスリリングでもあった。2017.9月。原著者の承諾を得た<日本語版“NLHQ”(小川・新実版)>が完成し、国内での使用が可能になった。

 

2017.11.24.APSR第2日目(Gibson meeting)。

Gibson先生は、これまでにも学会などで来日されると特別な時間を作ってくださったが、今回は彼のオーストラリアだ。meetingは学会2日目、Lancet summitのpro & conが終わってからと約束していた。

Peterは時間通りに現れた。そしていつものように静かな「hi, haru」。二人は少し人目を避けて、ダーリングハーバーを見渡せるテーブル席を選んだ。

「Hi Peter! ニューキャッスルの日本語訳では、本当にお世話になりました。これで、国際的な研究にも参加しやすくなります。お会いしてお礼をと思っていたので何よりです。ところで、ご提案させていただいた今度の共同研究ですが、Londonのgroupともご一緒できないでしょうか。」

2009年にFACCを世に送り出して8年が過ぎた。SMIT症状を訴え全国から来院される患者様の喜ばれる姿に勇気づけられるのは今も変わらないが、未だに自分にしか治療できないと何か勘違いしてこなかっただろうか。帝京大学医真菌センターとの共同でFACCに最も重要なBjerkandera adusta (BJ ヤケイロタケ) を検出するためのRealtime PCRの作製に没頭するあまり、FACC診療の一般化に全力を注いでこなかったのも確かではあるが、科学者としては不誠実な言い訳にしかならない。

「Peter。もし本当にJoinしていただけるのなら、患者様の喀痰から担子菌を検出し同定するすべてのknow-howを提供したいと思っています。」

「Ok。Birringには今回のprojectをmailしておこう。それまでに、あのdataをそろえておいたほうが説得力がある。できるかい?」

「大丈夫、Peter。」「tomorrow」「Tomorrow!」

 

― Haruhiko。あなたは、APSR学会そしてPeter Gibson教授から、President Receptionに招待されました。参加しますか? チケットは、一人分でよいですか? できるだけ早く返信してください。―

日本を発つ1か月ほど前に学会事務局から届いたメールだ。

『なぜ、君がここにいるのかね?』 そんな意地悪な視線に耐えられる自信などない。少しためらってのyes。最初で最後と思って参加を決めた。

 

2017.11.24.APSR第3日目 President Reception。

 

国際コンベンショナルセンター2階。

ハープの演奏に導かれ、私は緊張したままGibson先生の隣にいた。

<昨夜、シーフードレストランに向かう時に偶然Fan Chung教授夫妻とすれ違い、London以来の再会を喜んだこと。ハーバーブリッジを見渡す世界遺産のオペラハウスでシドニー交響楽団の最高のサウンドを楽しんだこと。> シドニーに着いてからの出来事を聞いていただいていると、代わるがわる著名人がGibson先生に微笑みながらグラスを交わしていった。

「This is Haru。真菌アレルギーをやっている。金沢から来た!」一人一人に彼は何度も繰り返し紹介してくださった。

Barnes。そういえば彼もPeterだ。私は、2人のPeterに囲まれた不思議な空間に浮遊していた。心配した“居心地の悪さ”を感じることもなく、初めてのPresident Receptionへの参加は、極上のご褒美となった。

 

アレルギーの源流をたどる過程で遭遇した環境真菌たち。

糸状担子菌が気道に定着すると<感染>あるいは<アレルギー>へ向かって歯車が動き出す。私は、環境真菌が気道に定着したその場所を“ 霊峰白山の分水嶺 ”と名づけ、講演ではかならず紹介することにしている。分水嶺に定着した“ 真菌を除菌すること ” そして真菌が気道に定着しないような“ 清浄環境を提供 ”すること。新しいアレルギー学の夜明けだ。

 

夢。かなうもよし、かなわぬもよし。

<夢に向かって進むこと> それ自体が自分を生きることの証しだ。

 

小松空港に降り立つと、冷たい雨は容赦なくシドニーの景色をかき消しはじめた。志を強くしなければ、描いた夢さえ輪郭を失ってゆく。

トパーズブルー。医学の深淵を求めるギブソンの瞳は、ダーリングハーバーの初夏の青空よりも輝きを放ち、進むべく道を示す宝石として私の心に深く刻まれた。

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